武蔵小金井の当院がお届けするインプラント連載「武蔵小金井 インプラント」シリーズ第28回のテーマは、「抗血栓薬(こうけっせんやく)とインプラント手術」です。心筋梗塞や脳梗塞の予防・再発予防、心房細動、ステント治療後などの理由で、いわゆる「血液をサラサラにする薬」を毎日服用している方は少なくありません。こうした方がインプラントのような外科処置を受けるとき、最も避けていただきたいのが、「手術があるから」と自己判断で薬を中止してしまうことです。
本記事では、抗血栓薬と呼ばれる「抗血小板薬」と「抗凝固薬」がそれぞれどのような役割を持つのか、なぜ自己判断での中止が危険なのか、歯科ではどのような手順と止血管理で手術に臨むのが一般的なのか、そしてお薬手帳をどう活用していただきたいのかを、順序立てて解説します。服薬中のご本人はもちろん、ご家族の治療に付き添う方にも役立つ内容です。
なお、糖尿病や高血圧など全身の病気とインプラントの関係は、第9回で全体像を解説しました。本記事は「お薬の管理」、その中でも血液に関わる薬に絞ってお話しします。骨粗鬆症の治療薬(骨吸収抑制薬)については、次回の第29回で詳しく取り上げる予定です。
抗血栓薬とは──「血液をサラサラにする薬」の正体
血管の中で血液が固まってできる塊を「血栓(けっせん)」と呼びます。血栓が心臓や脳、肺などの血管を塞ぐと、心筋梗塞・脳梗塞・肺塞栓症といった命に関わる病気につながるおそれがあります。抗血栓薬は、この血栓ができるのを抑えるための薬の総称で、働き方の違いから大きく「抗血小板薬」と「抗凝固薬」の2つに分けられます。どちらも「血を固まりにくくする」点は共通ですが、防ごうとしている血栓の種類と、そのために作用する仕組みが異なります。
抗血小板薬──動脈にできる血栓を防ぐ
血小板は、血管の傷に集まって出血を止める血液成分です。動脈硬化で傷ついた血管の中では、この血小板が固まって血栓の核になることがあり、抗血小板薬は血小板の働きを穏やかに抑えることでこれを防ぎます。代表的な薬に、低用量のアスピリンやクロピドグレルなどがあり、狭心症・心筋梗塞・脳梗塞の再発予防や、心臓の血管にステント(網目状の金属の筒)を入れた後などに処方されます。ステント治療の直後などには、2種類の抗血小板薬を併用する期間が設けられることもあり、併用中は出血への配慮がより重要になります。
抗凝固薬──心房細動などによる血栓を防ぐ
一方の抗凝固薬は、血液を固める「凝固因子」の働きを抑える薬です。不整脈の一種である心房細動では、心臓の中で血液がよどんで血栓ができ、それが脳へ流れて脳梗塞を起こすことがあるため、その予防に抗凝固薬が使われます。深部静脈血栓症や肺塞栓症、人工弁の手術後などでも処方されます。古くから使われているワルファリンと、比較的新しいDOAC(直接作用型経口抗凝固薬:ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンなど)があります。ワルファリンはPT-INRという血液検査の値で効き具合を確かめながら量を調整する薬で、納豆や青汁などビタミンKを多く含む食品によって効果が弱まる特徴があります。DOACは食事の影響を受けにくく、定期的な採血による細かな調整が不要とされることの多い薬です。
2つのグループの違いを表で整理
| 項目 | 抗血小板薬 | 抗凝固薬 |
|---|---|---|
| 働き | 血小板の作用を抑える | 凝固因子の働きを抑える |
| 主な目的 | 動脈硬化に関連する血栓の予防(心筋梗塞・脳梗塞の再発予防、ステント後など) | 心房細動・静脈血栓・人工弁などに関連する血栓の予防 |
| 代表的な薬の例 | アスピリン(低用量)、クロピドグレルなど | ワルファリン、ダビガトラン、アピキサバンなどのDOAC |
| 管理の特徴 | 種類や併用の数により出血への影響が異なる | ワルファリンはPT-INR値で管理、DOACは服用時間の確認が大切 |
ご自身が飲んでいる薬がどちらに当たるか分からなくても、心配はいりません。薬の名前さえ正確に分かれば、歯科医院で確認できます。そのための道具が、後ほど詳しくご紹介するお薬手帳です。
なぜ「自己判断での中止」が危険なのか
「血が止まりにくい薬を飲んだまま手術をして大丈夫だろうか」「迷惑をかけないように、数日前から自分で止めておこう」──こうした考えは患者さんの善意から生まれるものですが、実は大きな危険をはらんでいます。歯科治療を前にご自身で薬を中断し、その間に体調を崩してしまっては本末転倒です。
休薬によって血栓症のリスクが高まる
抗血栓薬は、血栓ができやすい状態にある方に処方されています。服用を中断すると、その間は本来の病気のリスク、つまり脳梗塞や心筋梗塞、ステント内の血栓といった重大な合併症の危険が高まるおそれがあります。これらは後遺症を残したり、命に関わったりし得る事態です。一方、歯科の処置に伴う出血は、目で見える口の中に限られるため、縫合や止血材などの局所的な処置で管理できることが多いとされています。「出血の心配」と「血栓の危険」を比べたとき、休薬による血栓症のほうが重大な結果につながり得る、というのが現在の一般的な考え方です。
「数日だけなら平気」も自己判断しない
薬の種類、病状、ステント治療からの経過期間などによって、中断の影響は大きく異なります。数日の中断が問題になりにくいケースもあれば、短い中断でも危険が高まるケースもあり、その見極めは処方している主治医にしかできません。したがって、歯科治療の予定ができても、抗血栓薬を自己判断で中止しないでください。継続するか調整するかの判断は、主治医と歯科医師が情報を共有したうえで行います。
ご家族にも知っていただきたいこと
ご家族が「手術の前だから、お薬は休んでおいたら」と声をかけてしまうケースもあります。善意のひと言が思わぬ危険につながることがあるため、「服薬の調整は主治医と歯科に任せる」という原則を、ご家族にも共有していただきたいと思います。通院に付き添われる際には、お薬手帳の管理や説明の聞き取りを手伝っていただけると、連携がいっそう確実になります。
歯科手術のときの一般的な対応
ここからは、抗血栓薬を服用中の方がインプラント手術を受ける場合の、一般的な進め方を段階を追って見ていきます。全体の流れは「問診での申告→主治医への照会→検査値の確認→止血の準備を整えた手術→術後の経過観察」という順序です。手術当日の過ごし方の全体像は第7回でも解説していますので、あわせてご覧ください。
服薬を続けたまま処置が行われることが多くなっています
かつては「抜歯の前に薬を止める」という対応も見られましたが、休薬中に血栓症が起こった報告などを背景に、現在の歯科医療では、抜歯などの一般的な口腔外科処置は抗血栓薬を継続したまま、止血を丁寧に行って対応するという考え方が広く共有されています。ただし、これはあくまで一般論であり、処置の内容や病状によって適した進め方は変わります。大切なのは、「継続か調整かを、医科と歯科が連携して決める」ことです。
主治医への対診(文書での照会)
手術の前に、歯科医院から主治医に対して、病状・服用中の薬・予定している処置の内容を伝え、全身管理上の注意点を文書で確認することがあります。これを対診(たいしん)または照会と呼びます。回答をもとに、手術の時期や範囲、当日の体制を計画します。患者さんには、通院中の医療機関名と担当の先生のお名前を教えていただけると、この連携が円滑になります。
血液検査の値を確認することがあります
ワルファリンを服用中の方では、効き具合を示すPT-INRの値が安定した範囲にあることを、直近の検査結果で確認してから処置を行うことが一般的です。内科で受け取る検査結果の用紙や記録の手帳をお持ちいただくと参考になります。DOACの場合は、服用した時間と処置の時間との関係が考慮されることがあります。いずれの場合も、値や時間を理由にご自身で薬を調整するのではなく、歯科医院と主治医の間で確認しながら進めます。
止血管理の実際
服薬を続けたまま手術を行う場合、歯科では局所の止血を通常より丁寧に行います。具体的には、傷を細かく縫い合わせる縫合、ゼラチンスポンジなどの止血材の填入、ガーゼによる圧迫、必要に応じて傷を覆う保護床(止血シーネ)の使用などが挙げられます。術後には、ガーゼの噛み方や当日の過ごし方など、出血を防ぐための注意点を具体的にご説明します。
休薬や変更が検討される場合も、判断は医科で
広い範囲の骨造成を伴う手術など、出血のリスクが高いと評価された場合には、主治医の判断で薬の一時的な調整が検討されることもあります。病状によっては、入院下での管理や、注射薬への一時的な変更といった方法が選ばれる場合もありますが、いずれも医科での専門的な評価に基づいて行われるものです。歯科医院や患者さんの側だけで決めることではない、という点はどの場合も共通しています。そして、調整が行われた場合には、指示された再開の時期を守ることも同じくらい大切です。再開を忘れたまま過ごすことも、血栓症のリスクにつながるためです。
インプラント手術ならではの考慮点
インプラント手術は、歯ぐきを開いてあごの骨にインプラント体を埋め込む処置です。抜歯と比べて、切開の範囲や骨への操作が加わるぶん、出血の管理はより計画的に行う必要があります。骨造成(第6回参照)やサイナスリフトを併用する場合は、さらに侵襲が大きくなり得るため、服薬状況の評価は一段と重要になります。
治療計画の段階から服薬情報が共有されていれば、一度に手術する範囲を分けて負担を小さくする、切開を最小限にする術式を検討する、万一の出血に備えて手術を午前の時間帯に設定するなど、さまざまな工夫を計画に織り込めます。逆に、服薬の情報が後から判明すると、計画の練り直しが必要になることもあります。カウンセリングの段階から、飲んでいる薬をすべてお伝えください。
あわせて、服薬中の方こそ、手術前にお口の中を清潔に整えておく価値が高まります。歯石やプラークが多い状態では、傷の治りや出血の管理に不利になることがあるためです。手術前のクリーニングや歯周治療を計画に組み込み、感染と出血の両面からリスクを減らしていきます。
また、静脈内鎮静法(第14回参照)を併用する場合には、全身状態の評価と当日のモニタリングがいっそう大切になります。服薬内容は麻酔の管理にも関わる情報です。こうした全身状態の評価は、公益社団法人日本口腔インプラント学会の治療指針でも重視されている領域です。
お薬手帳の活用と、問診でお伝えいただきたいこと
お薬手帳は「毎回」お持ちください
お薬手帳は、処方された薬の名前・量・期間・変更の履歴が時系列で分かる、医療機関どうしをつなぐ大切な記録です。複数の病院や薬局を利用している場合も、手帳を1冊にまとめておくと、飲み合わせや重複の確認がしやすくなります。初診のときだけでなく、通院のたびにお持ちいただくと、途中の処方変更にも気づくことができます。スマートフォンの電子お薬手帳をお使いの場合は、画面をご提示いただければ差し支えありません。お薬手帳は、旅行先で体調を崩したときや災害時にも役立つ、ご自身の医療情報の控えでもあります。
問診でお伝えいただきたい情報
| お伝えいただきたいこと | 具体例・ポイント |
|---|---|
| 服用中のすべての薬 | 飲み薬のほか、貼り薬・注射も含めて。お薬手帳の提示が確実です |
| 市販薬・サプリメント | 一部のサプリメントは出血傾向に影響する可能性が指摘されています |
| 治療中の病気と医療機関 | 病名、通院先の名称、担当の先生のお名前 |
| 心臓や血管の治療歴 | ステント治療や手術を受けた時期 |
| 出血に関する経験 | 過去の抜歯やけがで血が止まりにくかったことがあるか |
| アレルギー・副作用の経験 | 薬や麻酔で体調が悪くなったことがあるか |
「歯科には関係なさそうだから」と省略せず、すべてお知らせください。関係があるかどうかの判断は歯科医師が行いますので、情報は多いほど役に立ちます。
治療の途中で薬が変わったときも共有を
インプラント治療は数か月にわたることが多く、その間に内科での処方が変わることもあります。薬が増えた・減った・種類が変わったという変化があれば、次の来院時にお知らせください。特に、手術や抜糸を控えた時期の変更は、治療の進め方に関わることがあります。
術後の過ごし方と、出血したときの対処
手術当日は、激しい運動・長時間の入浴・飲酒を控え、血行が急に良くなる行動を避けます。強いうがいは、傷口にできた血のかたまり(かさぶたの役割をします)を流してしまうため、当日は水を軽く口に含んでそっと吐き出す程度にしてください。傷口を舌や指で触らないことも大切です。食事は麻酔が切れてから、熱いものや硬いものを避け、できるだけ傷と反対側で噛むようにすると負担を減らせます。
にじむ程度の出血は、唾液に混ざって多く見えることがあり、慌てる必要のない場合がほとんどです。清潔なガーゼを小さく丸めて傷の上に置き、15〜30分ほどしっかり噛んで圧迫してください。圧迫しても出血が続く場合や、量が多いと感じる場合は、我慢せずに歯科医院へご連絡ください。抗血栓薬を服用中の方には、緊急時の連絡方法を事前にご案内します。
術後に処方された鎮痛薬や抗菌薬は、指示どおりに服用してください。市販の痛み止めの中には、薬どうしの相互作用や出血への影響が考えられるものもあるため、自己判断で追加せず、事前にご相談いただくと確実です。そして、術後も抗血栓薬の再開や増減を自己判断で行わないでください。
インプラント治療では、埋入手術のあとにも、抜糸、アバットメントの連結(二次手術)、型取りなど、出血を伴い得る処置が続くことがあります。それぞれの場面で服薬状況の確認と止血の準備を繰り返し行いますので、経過の途中で体調や処方に変化があれば、そのつどお知らせください。
費用・治療期間・リスクについて(自由診療のご案内)
インプラント治療は、公的医療保険が適用されない自由診療です。費用はインプラントの本数や骨造成の有無、上部構造の素材などにより症例ごとに異なり、当院では診察と検査のうえ、治療計画とあわせて事前にご提示します。治療期間はおおむね数か月から1年程度で、検査・手術・経過確認などのために複数回の通院が想定されます。
主なリスク・副作用には、手術に伴う出血・腫れ・痛み・内出血・感染、神経損傷によるしびれ、治療後のインプラント周囲炎、骨と結合しない場合の再手術などがあります。抗血栓薬を服用中の方は術後の出血が長引く可能性があるため、止血処置と経過観察を丁寧に行います。効果や経過には個人差があります。
よくある質問(FAQ)
血液をサラサラにする薬を飲んでいると、インプラントは受けられないのですか。
服用しているという理由だけで受けられないと決まるわけではありません。病状が安定しているか、どの薬をどのくらい使っているか、予定する手術の範囲はどの程度かを評価し、主治医と連携したうえで歯科医師が判断します。第9回で解説した全身の病気の管理状況ともあわせて、総合的に評価する形になります。まずは現状をそのままお聞かせください。
手術の前に、自分の判断で薬を止めておいた方がよいですか。
いいえ。自己判断で中止しないでください。休薬中に血栓症が起こると、後遺症や命に関わる事態になりかねません。継続や調整の判断は、処方している主治医と歯科医師が連携して行います。患者さんには「正確に伝えること」に専念していただければ十分です。
ワルファリンとDOACでは、歯科での対応に違いがありますか。
考え方の基本は共通ですが、確認する内容が異なります。ワルファリンではPT-INRという検査値の確認が重視され、DOACでは服用時間と処置時間の関係が考慮されることがあります。いずれの場合も、薬の名前と服用状況を正確に把握することが出発点になります。
お薬手帳を忘れてしまったら、診てもらえませんか。
診察は可能ですが、薬の情報が不確かなままでは外科処置の計画を確定できないため、後日あらためて確認させていただくことがあります。電子お薬手帳の画面、薬局でもらう説明書、薬のシートの写真なども参考になります。手術の前には正確な情報が欠かせません。
以前、抜歯で血が止まりにくかったことがあります。伝えた方がよいですか。
ぜひお伝えください。過去の出血の経験は、止血管理の計画を立てるうえで貴重な情報です。薬を飲み始める前の出来事であっても、体質的な要因を考える手がかりになることがありますので、遠慮なくお知らせください。
手術のあと、血がにじんでいます。どうすればよいですか。
清潔なガーゼやハンカチを小さく丸めて傷の上に置き、15〜30分しっかり噛んで圧迫してください。気になってうがいを繰り返すと、かえって出血が続きやすくなります。圧迫しても止まらない場合や量が多い場合は、時間帯にかかわらずご連絡ください。
市販の痛み止めを飲んでもかまいませんか。
処方された鎮痛薬を指示どおりに服用していただくのが基本です。市販薬の中には、抗血栓薬との相互作用や出血への影響が考えられる成分を含むものもあります。お手持ちの市販薬を使いたい場合は、製品名を添えて事前にご相談ください。
骨粗鬆症の薬も飲んでいます。注意することは同じですか。
骨粗鬆症の治療薬、特に骨吸収抑制薬と呼ばれるグループには、血液の薬とは別の観点からの配慮が求められます。こちらも自己判断で中止せず、服用中であることを問診でお知らせください。詳しくは次回の第29回で解説します。
抗血栓薬は、重大な病気からからだを守っている薬です。歯科の手術を控えても、その役割は変わりません。武蔵小金井の当院では、お薬手帳の情報と主治医との連携をもとに、服薬を続けている方の手術計画と止血管理を丁寧に行っています。服薬中でインプラントを迷っている方は、薬を止める前に、まずそのままの状態でご相談ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、診断や治療方針は診察のうえ個々の状態により異なります。詳しくは歯科医師にご相談ください。
監修者:歯科医師 坂巻 良一

